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タプススの戦いの兵力数

難しいですよね。
なるべく勉強したいと思います。


カエサル軍は5個軍団30,000(第9、第10、第13、第14及びガリア兵からなる第5の各軍団)及び騎兵4,000(ゲルマン及びガリア騎兵)であったのに対して、元老院派はローマ軍団歩兵35,000、同盟諸国騎兵9,000を集め、またヌミディア王国軍(歩兵部隊25,000、騎兵6,000、戦象120頭)を合わせてカエサル軍を上回る総勢60,000強の軍勢を擁し、また自らの地盤でもあり兵站もカエサル軍に対して優位であった。

カエサル軍は元老院派に組するタプススの南側(北・東・西を海に面し天然の要害であった)に3本の防衛ラインを構えて、これを包囲そして封じ込めた。カエサル軍はルスピナ(Ruspina、現:モナスティール)でラビエヌス率いる騎兵部隊に敗北して損害を受けたが、カエサル軍は体制を立て直し、以降戦線は膠着状態となった。そのため、元老院派は小カトー及び守備部隊をウティカに残した上でメテルス・スキピオを軍総司令官とした軍をタプスス失陥阻止及びラビエヌス部隊へ加勢の為、タプススへと向かわせた。


タプスス会戦
タプススの南西には潟が広がっており、タプススへ向かうには潟の北及び東にある細長い陸地を進む必要があった。北ルートにラビエヌス隊を併せたメテルス・スキピオの本軍、東ルートにヌミディア軍を配し、タプスス前に陣を張るカエサル軍を挟撃する体制をとったが、カエサル軍への内応を約していたマウレタニアがヌミディア本国を襲った為にヌミディア軍は半分の軍をマウレタニア軍への迎撃に向かわせた。それに伴いヌミディア軍の到着が遅れた為、カエサル軍はメテルス・スキピオ軍へ向かい進軍した。

メテルス・スキピオは戦象及び騎兵を左右の両翼、歩兵部隊を中央に配した一方、カエサルは騎兵を中央、歩兵部隊を両翼に配する陣を引き、左右両翼の元老院派戦象部隊へは、第5軍団を充てた。

紀元前46年4月6日、カエサル軍の進軍ラッパ(第10軍団兵士によるものとされる)によって戦いは開始され、カエサル第5軍団はカエサルの指示により突進する戦象の足を斧で狙い、足をなぎ払われた戦象はあえなく無力化した(なお、西洋での大規模な戦象の使用はこの戦いが最後となった)。元老院派歩兵部隊は第10軍団を始めとしたカエサル軍に抑えられ、ラビエヌス指揮下の騎兵部隊もカエサル軍騎兵部隊や歩兵部隊の包囲によって壊走、メテルス・スキピオ以下の首脳陣は戦場から逃れた。

カエサル軍はメテルス・スキピオ軍を撃破するや、潟の南に陣を置いていたヌミディア軍を攻撃したが、若干の交戦があったのみでユバ1世は見切りをつけてやはり戦場から脱した。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年02月28日 15:50に投稿されたエントリーのページです。

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